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日々の学習、ときどき雑談

蘇州市の「文明コード」

日本でも多少報道されているが、今中国で文明コード(文明码)なるものが物議を醸している。中国では新型コロナウイルスの流行対策として、半年ほど前から健康コード(健康码)の導入が各地で進められてきた。この「码 mǎ」は現在の中国では電子決済などに使われるQRコードを指す言葉としてすっかり定着している。健康コードも住民が配布されたQRコードスマホで読み取って登録し、健康状態を報告すると、問題がなければ緑色、発熱などがあれば橙色というような表示が出る。大きな商店など人の集まる所では入口でその画面を提示させ、緑でなければ入場できないようにして感染を防ごうという政策である。私の住んでいる所でも、いつも行っているスーパーの前で突然この健康コードのチェックが始まり、登録していなかった私は入店できなくなった……のだが、この話には続きがあり、数日経ってから行ったらその即席検問所のようなものは跡形もなく消え、それからはまたそれまで通り入店できている。あれは何だったのか、いまだによくわからない。
こういう健康コードの話なども、日本で報道されるとほら監視社会だ!ディストピアだ!と大げさに伝えられたりするのだが、中国は広く、人々の生活は奥が深い。政府が「やれ」または「やっている」と言っていることが、本当に全国津々浦々で実行されているとは限らないのだ。

ところで、今回の話は蘇州市がその健康コードに加え、独自に文明コードなるものを導入しようとして批判続出というものだ。目についた記事を少し訳してみる。
その前に説明しておかなければいけないが、この「文明」という言葉はそもそもとても日本語に訳しにくい言葉だ。一語でぴったりするような訳語がどうしても思いつかない。意味的にはそれほど難しいものではなく、要は、信号無視をしたり、ゴミのポイ捨てをしたり、唾をそのへんに吐いたり、列に割り込んだり……というような行為をしないこと、マナーを守り公共心に富んでいることを指す。形容詞として使え、「文明人」と言えばそういう「文明」をわきまえた人、「不文明」と言えばわきまえていないことを指す。こういう「文明」の用法は日本語にはないので、そのまま使うと日本語としておかしくなるのだが、とにかくいい訳語がない。私の感覚では、かなり近いのはやはり「マナー」だろうか。駅やバスの車内などに貼ってある「讲文明」云々というような注意書きは、日本なら「マナーを守って」云々になるだろうと思うからだ。ただし完全に重なるわけではもちろんなく、「マナー」よりは「文明」の方がもっと意味は広い印象。
というわけで、この話題もさっそく訳語に悩むのだが、「文明码」がすでに日本で「文明コード」と訳されていることもあり、日本語として少々不自然なのは承知で「文明」をそのまま残して訳す。ただ、形容詞的に使われる場合など、不自然さを多少低減するために適宜「文明的」などとも訳すことにする。

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(訳)
文明的かどうかポイントで決まる? 「蘇城文明コード」公開が論争を呼ぶ

あなたは文明的な人だろうか? 蘇州ではその一切がかなりの程度あなたの「文明ポイント」で決まってしまうことになるかもしれない。
今日「蘇城文明コード」が微博(ウェイボー)のホットワードに入った。この全国初めての「文明コード」は、「一人一コード」を通して文明ポイント方式を打ち立て、蘇州市民一人一人の文明レベルを「個性画像」として描き出すという。文明ポイントを多く集めた市民ほど、仕事、生活、学習、娯楽などの場面で優先され便宜を受けられる。

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「蘇城文明コード」とは何か 目下主に考慮されるのは交通指数とボランティア活動

蘇州市人民政府の公式サイトで9月4日に発表された「"蘇城コード"App2.0Pro版公開」という一文の案内によれば、市民が"蘇城コード"アプリを開くと、画面の目立つ位置に"蘇城文明コード"を見つけることができる。 タップして"蘇城文明コード個人センター"に入ると、自分の文明ポイントを確認できる。目下、このポイントは文明交通指数と文明ボランティア指数で構成されている。

この文章によれば、文明交通指数とは抽象的な交通行為を具体的数字で定義し、評価を可能にした標準指数である。文明交通指数の基本ポイントは1000点で、上限も1000点である。

個人が登録した日から、文明交通指数は一年周期でカウントされ、一年経つとリセットされる。減点は交通違反行為の処罰記録によって生じる。たとえば車で信号無視をすると50点減点,飲酒運転は100点減点となる。加点は交通ボランティア活動に参加すると生じ、一回参加するごとに決まった点数が加えられる。

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今回の"蘇城文明コード"は打ち出されると広く議論を呼び、話題は一挙に微博のホットワードに入った。その中には疑問の声もある。

ある人は、単純に点数モデルで個人の文明レベルを測るのは一面的すぎないか、と指摘する。またある人は、もし文明ポイントの高い市民がより便宜を受けられるようになるなら、それは公平なのか?一般的な意味での公共サービスを受ける時に、なぜ別に独自の"便利"な道を作らないといけないのか?と疑問を呈する。打ち出された"蘇城文明コード"が十分に人間性をもつものになるかは,多くのネットユーザーの関心の的になっている。
(記事抄訳ここまで)


この記事に貼られている画像からは、「人は複雑で総合的なものだ。工場のラインを流れる製品ではない」「人は文明的でないといけないのか? 文明の基準は誰が決めるんだ?」などの言葉が読み取れる。
私が微博で検索してみても、この「文明コード」については批判や嘲笑の発言がいくつも見つかった。中国のSNSは検閲で政府批判的なことは一切言えないと思っている人もいるようだが、こういうレベルの話題では批判もごく普通に流通している。内容的には、ここに紹介されている「どうやって測るのか」「不公平ではないか」というようなものの他に、プライバシーの侵害だというもの、法的根拠を問うもの、警察や役人の文明レベルはどうなんだと嫌味を言うもの、点数化が進んだ末のディストピアを予想するものなど、日本のネット民が思いつきそうな批判とそれほど変わらない。見たところ、そういう投稿が削除されたりもしていない。(それが内モンゴルの教育問題では徹底的に削除されているのを見ると、やはり「敏感」(センシティブ)な話題なんだなと実感させられるわけだが。)
中には個人による力の入った長文の批判記事などもあり、読んでみたらなかなか面白かったのでまた時間があったら紹介したい。この蘇州の「文明コード」が批判を受けながらも無事定着するのか、あるいは世論に押されて引っ込むのかにも注目したいところ。

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